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ランドマークエデュケーションから得た小さな奇跡と家族の絆

ランドマークエデュケーションに参加をした友人夫婦の成果です。

こんにちは。

私たちは3年前に友人の進めで夫婦一緒にブレークスルーテクノロジーコースに参加しました。

私たちはコースから「家族の会話は奇跡をつくる」という可能性をつくり、その可能性は今でも私たち夫婦に小さな奇跡や大きな奇跡、そしてかけがえのない絆をもたらしてくれています。

コース以降私たちは、どんなことも二人で話し合うことにしました。
話し合う度、夫婦の絆が深まっていき、それが子供にもはいい影響を与えていることを実感しています。
そんな私たちの小さな奇跡を一つお話します。

私たちには3歳になる男の子がいます。
名前はコウスケといいます。
少しはにかみやで、何でも自分は最後にというタイプの子です。

今年になって夫婦共に気に入った幼稚園に入り、コウスケも気に入ったようで元気に通っていました。

ところが、2週間前に「最近コウスケ君は先生にくっついてばっかりで、友達と遊ぼうしない」との先生からの報告がありました。
その晩さっそく二人で話し合い、まずはコウスケの様子を見守ることにしました。

妻はすぐに原因を見つけました。
妻とコウスケが同じ幼稚園のお友達のリョウ君の家に遊びにいった時、前回は大はしゃぎだったのに殆ど遊ぼうとせず早く帰りたがったのでした。
その日は前回いなかったお友達のテッタ君も来ていました。
妻曰く、コウスケはテッタ君と何かあったようです。

その夜、コウスケに妻は布団の中で話しました。

妻 「今日はどうしたの?リョウ君のお家は大好きだったじゃない。」

コ 「テッタ君はコウスケのことが好きじゃないんだ。」

妻 「テッタ君が何か嫌な事をしたの?」

コ 「おうちに入れてくれなかった」

幼稚園の庭にあるちいさなログハウスのことらしく、入ろうとし
た時に中にテッタ君がいて、入れてくれなかったそうです。

妻 「テッタ君に入れてって言ったの?」

コ 「・・・・・言わなかった」

妻 「コウスケが『入れて』って言わなかったから、テッタ君はコウスケが入り
   たいってわからなかったのかもね。」

しばらくして、コウスケは「うん・・」と小さな声で答えました。
コウスケが違う見方を始めたように見えました。

妻はゆっくり時間をとってまた聞きました。

妻 「コウスケは幼稚園で寂しかったんでしょ」

コ 「うん」

妻 「でも、幼稚園いやだって言わなかったのえらいね」

コ 「コウスケは3歳のお兄ちゃんだから、『いやだ』って言わないよ」

妻 「寂しくてもがんばったんだね。じゃあ寂しくなくなるにはどうしたらいいかな?」
   「仲良しさんがたくさん出来たらいいかな?」

コ 「うん!」うれしそうに答えました。

妻 「仲良しさんを作るのは簡単なんだよ。『一緒に遊ぼう』って言ってみ
   ればいいだけだよ。」
   「きっと、みんなはコウスケから『遊ぼう』って言われるのをまってるよ」

コウスケはじっと妻の目を見て、「言ってみる」と答えました。

妻は「すごいね」といってコウスケを抱きしめました。

親ばかな私はとなりで聞いてて「ジーン」としていました。

翌日妻は幼稚園のお迎えに行った時、リョウ君とテッタ君のお母さんに昨日のことを話したそうです。

そして子供たちが遊ぶ様子を眺めている時、小さな奇跡が起きました!

コウスケは少し離れたところにいたテッタ君に、「テッタ君!」と大きな声で呼びました。

近づいて来たテッタ君に、コウスケは一生懸命何かを伝えようと言葉を探している様子でした。

テッタ君にもそれが伝わったのかコウスケの側にいてくれて、妻も二人のお母さんも誰もがその様子をじっと見守ったまま5分くらい経ちました。

そしてとうとうコウスケは「テッタ君、僕と一緒に遊ぼう!」とまさに妻が昨晩教えた通りに言ったそうです。

その瞬間、リョウ君とテッタ君のお母さんが拍手をして、妻もそれにつられて拍手をしたそうです。

テッタ君は「いいよ?」と照れくさそうに返事をして、そのあとは二人で何やら楽しそうに遊んでいたそうです。

コウスケの出せる限りの勇気が実った瞬間でした。

妻はあらためて、あの小さな体の中にも、大人と同じように、葛藤も、寂しさもそして勇気もあると分かってすごく嬉しく、自然と涙が溢れてきたそうです。

その夜布団に入った時に妻は改めてコウスケに会話しました。

妻 「今日はがんばったね」
   「また仲良しさんをつくろうね」

コ 「じゃあ神様にお祈りしないと!」とコウスケは元気にいって。
  「コウスケにもっと仲良しさんが出来ますように、この小さなお祈りをイエス様の名前を通して神様におささげします。」

(家族は誰もクリスチャンではありませんが、キリスト教系の幼稚園に通っているのでこんな言い方になります)

コウスケが寝たあと妻と1時間近くこの話をしました。
私は妻に「素晴らしい会話をありがとう」と言いました。
そして二人で、いつも人生の幸福や喜びを感じさせてくれるコウスケに感謝しました。

どんなことも家族で会話をすることによって、一緒に生きる喜びに変えることができる。
小さな奇跡が身近に溢れている。
そしてかけがえのない絆がある。
そんな関係をつくれたことが、私たち夫婦の成果です。


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ランドマークエデュケーション 「28歳の友人の勇気」

ランドマークエデュケーションに勧誘されている。被害を受けないか心配だ。
金儲けのために人をカモにして洗脳しているのではないか。
どんなものか知りたい。という方へ。

何度もいいます。
コースはそんな心配するようなものではありません。
価値があるように思わされるわけでもなく、実際に価値があるのです。

私たちはこのブログを通してコースの価値をできる限り伝えていきたいと思います。

今回は私の友人の弟さんに協力してもらい成果を書いてもらいました。
彼は4年前にお姉さんの紹介でコースに参加しました。
彼は18の時事故で負傷してから車椅子を必要とする生活になりました。

以下彼の成果です。

こんにちは。

僕は姉の強い強い勧めで説明会に参加し、4年前にブレークスルーテクノロジーコースに参加をしました。

僕は18歳の時にバイト先の事故で脊髄を損傷してから足が動かなくなりました。
車椅子を必要とするようになってもう10年になります。

事故直後はただ「なんで・・。」の連続でした。
数年たち車椅子生活に慣れはじめたけれど、どこに行くにも今までのようにはいかず
ちょっとした段差すら行く手を阻むものになりました。

それでも家族にこれ以上迷惑をかけられないし、心配させられない
こんなことに負けたまるかという思いでやってきました。

事故からちょうど6年目、コースに参加をしました。
僕がコースで得たもの、それは、僕の足は動かない、その事実をしっかりと受けとめられたことです。

同時に、僕の足は決して僕の自由を奪ってはいないと知りました。

コースで発明したのは「足は動かないけれど僕は自由だ!」という可能性です。

説明会に来る前に姉が言っていた
「私の弟でいてくれてありがとう。」と言っていた意味がやっと分かりました。

僕は自分のこの足に初めて「ありがとう。」と感謝ができました。
姉にも「僕の姉でいてくれてありがとう。」と言えました。

それからは自分にできることが沢山見えてきました。
不思議ですが景色も違って見えました。

まず、あきらめていた就職をすることができました。

今は、日本にいる南米の子供たちに日本語を教える国際ボランティアに所属し、いろいろな場所に飛び周っています。

以前は人前で話すことなんて苦手だったけれど、学校から公演依頼があり、軽く引き受け実際自分でもびっくりするくらい自由に表現できました。

事故の後、姉は、僕の面倒を一生見る覚悟だったそうです。
でも今はあまりに自由にやっているのであきれています。

今、僕は、人生を楽しんでいます。
そして自由に生きています。
それが成果です。


私も彼と会ったことが何度もあるのですが、彼は本当にやさしくそして力強い人です。
人に勇気を与える人です。

今何を持っているかが人生の価値を決めはしない。
過去を受け入れ、自らの秘められた可能性を人生に発揮する時
誰の人生にも、本来あるべき愛や喜びや自由さや自己表現が手に入る。

彼が見せてくれている勇気から、私はそれを学ぶことができました。

ブレークスルーテクノロジーコースは状況や環境次第ではなく、未来を自分で切り開いていく勇気を得るためのコースなのです。
それを得ることは人間の人生にとってとてつもない価値だと私は思います。

ランドマークエデュケーション BTコースに勧誘されている方へ。

ランドマークエデュケーション BTコースに勧誘されている方へ。

文藝春秋 「特集 能力革命」
タイトル ひらめきの回路を強化しよう 茂木 健一郎(脳科学者)より。

『脳科学的に見れば、脳に生まれつきの決定的な得手不得手はありません。
人間は誰しも境遇や年齢、性格などにかわりなく、飛躍的な成長や劇的な変化を遂げる可能性を秘めた存在です。決定論とか宿命論ほど、脳の実相から遠いものはない。』
  記事より抜粋

この記事を読んだ時、まったくそうだと思いました。
私はランドマークエデュケーションのプログラム以降、人間があらゆる可能性を秘めた存在であることを実感しています。

ブレークスルーテクノロジーコースは
『人間が本来もっている可能性を最大限に発揮できるようになる。』
ためのプログラムです。

では、秘めている可能性をどうやって引き出すことができるのか?
茂木さんは記事の中でこう言っています。

― 茂木さんは日本の中高年が強化させるべき回路は何だとお考えですか。
『やはり、ひらめきや創造性ですね。』
『新しいものが生み出される必要条件は、「経験を蓄積すること」と「こういうものが欲しいというビジョンや欲求を持つこと」の二つと言っていい。中高年の方々には経験の蓄積はあるので、いかにビジョンを持つかが重要というわけです。』
 
― なるほど。しかし、経験がある人ほど過去の成功体験に縛られて、新しいものを生み出そうという意欲やビジョンを持てなくなってしまう傾向があるのでは、ビジョンを持ち続けるにはどうしたらいいのでしょう。


茂木さんはビジョンを持ち続けることを可能にする二つのことを挙げています。

1.
『目の前の目標にとらわれるのではなく、リラックスした状態でいた方が新しい発想がうまれる。という法則が、経験則、及び脳科学のデーターから示唆されます。』
2.
『我々、脳科学者は「メタ認知」と言っているのですが、自分をあたかも外から見たかのように観察することが大事なことなんです。これを最初に体系立てて考えたのが、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」です。さらに言えば、自分がひらめいていることに気づくのもメタ認知の力なのです。』 


まさにこの二つをブレークスルーテクノロジーコースでは身につけることができます。

どうしたら毎日もっとリラックスして心の平安を得ることができるのか。
そして、どうやって自分自身を客観的に見ることができるようになるのか。

イライラしたくない、怒りたくないのにそうなってしまうのはなぜか。
最後までチャレンジしたほうがいいと知りつつなぜ途中であきらめてしまうのか。
など自分では認識していなかったことを認識し、自らを客観的に見つめ、答えを得ることができます。

それは、人生の方向性を自分で選択できる自由と心の平安をもたらします。
そして新しい発想やビジョンといった可能性を創造することが容易くなるのです。

私自身も創造する力が、秘められていた可能性を呼び出す力になるということを実感しています。

また、茂木さんは記事の中でこんなことも言っています。

『メタ認知で自分を眺めたときに、自分の過去を否定する必要はありません。過去を引き受けたうえで、さらにどう伸ばすかを考えることが大切なのです。』

確かに過去を否定せずにただ受け入れることによって、未来に向かっていくことはより容易くなるでしょう。しかし、それは簡単なわけではありません。
ブレークスルーテクノロジーコースでは「どうしたら心から過去を引き受けることができるのか。」という質問に的確な手法を提供してくれています。

ランドマークエデュエケーションのテクノロジーは雨後の竹の子のように思いつきでつくられたようなものでもないし、まして、人を欺くためにつくられたものでもありません。

何十年もの間、何百万人という世界中の個人や企業に試され、検証され、洗練されてきたもので、非常に科学的であり、論理的です。

人生をパワフルに生きるうえでとても価値があるものです。

何故自分の大切な方に参加して欲しいと思うかというと、誰の人生にも投資しがいのある価値があるから。
単純にそれだけです。

いいと思わされる程度のもので20年、30年と続くわけがないのです。

人生に秘められている可能性を最大限に引き出すことに興味がある方は、参加しがいがあると心よりお勧めできます。

次の項で私の友人の弟さんがコースに参加された時の成果を書きたいと思います。
まさに彼の成果はここで言っていることを表現してくれています。


ランドマークエデュケーション ブレークスルーテクノロジーコースの成果 まとめ

まとめ

ブレークスルーテクノロジーコースの説明書に下記のように書いてある。

ブレークスルーテクノロジーコースはランドマークエデュケーション株式会社で提供している個人向けの教育、研修プログラムです。

人生の大切な分野で今までの枠組みや過去に限界されない新しい可能性を創造し、飛躍的な成果を創り出していく技術(テクノロジー)を学びます。

そのテクノロジーは、本来自らが持っている能力や可能性を最大限に引き出し、予測を超えた成果つくることが出来るようにデザインされています。

(ここまで抜粋)

コースはこの通りである。

コースのテクノロジーは自分を変えるものではない。
それは、自分が本来はもっているパワーを発揮できるようにしてくれるテクノロジーである。

そのテクノロジーは極めて論理的であり、かつ奥が深いです。

コースに参加して2年弱、沢山の成果があったが、どれも過去の継続ではない、新しい可能性を発見することから得た成果であり、どの成果も人生を生きる上で大事な愛情や喜びや満足を増やしてくれた。

コースはそんな可能性を発掘する技術を学びます。

最後に、コースに招待されている方へ。
先輩のくさいセリフを贈ります。

『太陽の光で見えないけれど昼間でも無数の星は空いっぱいに輝いているんだ。それと同じように今は見えていない可能性がたーーーくさんあるんだ。』 

『たった一度の人生、その可能性を発見して欲しい。』

是非コースでたくさんの価値ある可能性を見つけてください。

沢山の笑いと、沢山の発見と成果と、感動をくれた先輩に心から感謝します。


ランドマークエデュケーション コースの成果

涙の上腕二頭筋の巻

ブレークスルーテクノロジーコースに参加をした。
どちらかというと私はクールな方である、と思う。

しかし先輩があのくさいセリフを真顔で言ってくれていなかったら、今手にしている可能性と出会っていなかったと思うとジーンと来た。

先輩のくさい言葉を引用すると。
私がコースから得たものは、まさに太陽の光に隠されていた、無数の可能性だった。

コースからの成果は数えきれないほどある。
今は一つだけ書きます。

親父について。

私の親父はとんでもない親父であった。
東京下町生まれの下町育ち。
不動産会社を経営していた。

酒、たばこ、女性関係、博打、全てにおいて抜きん出ていた。
しかも、かなりの男前でもあった。
若い頃の写真を見ても映画俳優のようである。実際にそういう話もあったらしい。(後の母談)

そして、家にはいつも嵐が吹き荒れていた。
母はよく家出をした。
父はあまり家にいなかった。

でも良くありがちな悲壮感や暗さは家にはなった、母がえらかったのだと思う。

父と共に遊んだ記憶はわずかである。

千葉の海沿いの川に、はぜ釣りに行ったこと。
近くの店で天ぷらにして食べたら、とてつもなく美味かった。

家族で行った、やはり千葉の行川アイランド。
観客が参加できる機会があり、当然酔った父は舞台にあがりハワイアンの女性にキスされていた。
子供ながらに恥ずかしかった。

鉄火場(博打の場)
母の目をごまかすために私と散歩にみせかけたのだろうと今は分かる。
恐ろしい顔をしたその筋の人が白い布を取り囲む中、父の横にちんまりと座り、花札のピッシッという音、チンチロリンと転がるどんぶりの中のサイコロ、行き交う一万円札をじっと眺めていた。

私の仕事は、熱くなった父の元から消えていく一万円札を減らすために、隙をみては父のお札を座布団の下に隠すことだった。

帰り道、それをまとめて父に渡した。
父は無言で受け取っていた。

小学校の5年生の頃また喧嘩をして父が母を追い出した。
クリスマスの翌日の夜だった。
次の日、学校からもどった私は母が帰っていたらいいなと思い、庭にまわり窓から家の中を覗いた。
窓辺にはもらったクリスマスのプレゼントが置いてあり、その向こうに怖い顔をした父が座っていた。

母は数日後に帰ってきた。

中学生になった頃から父は家にいる日が更に少なくなり、会っても近寄るのが難しい雰囲気が常に漂っていた。

高校3年の5月に父は突然に他界した。
肝臓が根を上げた、父の破天荒ぶりにはついていけなかったようである。

それから18年の月日が経った。

コースに参加している最中にふと「俺は親父に触れた記憶がない。」と気づいた。
びっくりした。
僅かに一緒にいた時間も、手を握った記憶もないし、顔にも髪にも体のどこにも俺は親父に触れた記憶がいっさいない。

そして親父とのその関係が他の全ての人間関係に影響していると分かった。
私は人に頼ることをしない。
滅多やたらに人と深くかかわらない。
必要以上なことは決して言わない。

それはコースの中での小さな気づきだった。

コースが終わってすぐに、田舎に帰る機会があった。
コースで得た沢山の成果を母と話した。そしてこんなに母と会話したことがないというくらいに、昔のことについて、母について沢山会話した。

ふと思い立ち2階にあがり、アルバムにせず箱の中で乱雑に収まったままの我が家の古い写真を整理しようと思った。

写真の束を持ち上げ机に出し、またすくおうと思った時、目に映った写真を見て息を呑んだ。

束の一番上に親父の肩に乗り、親父の頭にしがみつき、赤みを帯びたほほをしている4歳の頃の私がそこにいた。
安心しきって力いっぱい親父の頭にしがみついている。

親父の顔はどうみてもやさしそうだ。

親父を決め付け距離をおいていたのは自分だった。

一瞬の出来事だった。
けれどそれは初めて親父を親父のまま受け入れられた瞬間だった。

それから私の人生は同じではない。
以前よりもっと人を身近に感じ、会話できる深さが増した。

仕事の成果は目に見える程に上がり、格闘がない。
何が違うかわからないが全く違うのである。

私はもちろん先輩に敬意を込めてこの成果を話した。
電話の向こうで「良かったナー」という太い声は泣いているようだった。

コースの成果は数え切れないほどあるが、私にとってこれは大事な成果です。


読んでくださってありがとうございました。



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Author:it
ランドマークエデュケーション・ブレークスルーテクノロジーコースについて。

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