| 三度ランドマークエデュケーション 被害 勧誘 洗脳などの言葉について。 |
ランドマークエデュケーションをグーグル検索すると「勧誘」「洗脳」「被害」などの言葉と、上位には以下のようなサイトがあります。
ランドマークエデュケーション Landmark Education BTC 悪魔の洗脳集団!ランドマークエデュケーションに注意してください! 自己啓発セミナー対策ガイド:ランドマークエデュケーション ランドマーク・エデュケーションって何か教えて下さい ランドマークエデュケーション株式会社 東京センター(五反田) タグ ランドマークエデュケーションとは - FC2ブログ(blog)
また関連検索のトップにはランドマークエデュケーション 被害とでてきます。
それぞれにいろんな意見はありますが、誰もが人の役に立ちたい、もっと世の中を良くしたいと思っているのではないでしょうか。 表現は違えど人間として根本的な思いは同じだと思うのです。
人間として大切な、人へのやさしさ、人への思いやりを無視するのであれば、心から喜びに満ちた人生は生きられないでしょう。 誰もそんな人生は生きたくはないと私は思います。
インターネット上に肯定も否定もどちらの意見もあることは物事を吟味するうえでいいことだと思います。
しかし、批判的なサイトを見ていて思うのですが、自分の意見を公表する時でも、理性をもっていることが大事だと思います。
例えば、上記2番目の「悪魔の洗脳集団・・・・・」を今現在、誰かに招待されている方が読んだら。
「あいつはこんなものにはまってしまったのか、本当に馬鹿な奴だ、自分がカモになっていることも知らずに、新しいカモを呼び入れるよう洗脳されて・・・・・・なんとか友人の目を覚まさせてやらなければ。」
と、本気で信じ込ませるような内容です。
この記事を書いている人も、ここに投稿している人も、人の役に立とうと思っているのだと思います。 けれど思い込みや決め付けがはげしすぎるのも確かです。
この記事を信じた人は、そうしたくなくてもコースに参加した人を偏見から聞くようになるでしょう。 ただよかれと思って伝えたことを、絶対変だ!と決め付けられるのは悲しいことです。
大多数の方はこの教育を人生にしっかりと活かし、周りの方に勧めるにしても相手の方のことを思いやり、責任をもって取り組んでいるでしょう。 もしその責任がとれないのであれば参加すべきではありません。
ランドマークエデュケーションに参加した方が大人として責任ある行動をとるかどうかは、その人それぞれの良識にかかっているのも確かです。
ランドマークエデュケーションには多くの方が参加します。 いろいろな年齢のいろいろな職業の方々です。 多くの方が同僚や友人、家族から招待され参加します。 10代のコースには、親からの勧めで中学生や高校生も参加します。
現在日本では年間2000人の方が新たに参加していると聞いています。 コースの価値を認め、誰かを紹介しようとした人は参加した人の倍近くになるでしょう。 そんなに多くの人がコースは価値があったと認めているのです。 しかも日本では20年以上の歴史があります。
もし批判サイトのとおりのでたらめなコースならとっくの昔になくなっているでしょう。
あまりに過剰な記事を読んだ時に私が懸念するのは。
もし、親からの勧めで参加し、コースは良かったと思っている10代や20代の子供たちがそんな記事を読んだらどんな気持ちになるのだろう。 また、子供から招待を受けているお父さん、お母さんがそんな読んだらどれくらい子供のことを心配に思うだろう。 ただ愛情表現したかった子供に対してどう答えるのだろう。 友人からの招待であれ、上司や同僚からの招待であれ、招待をされている方がそんな記事を読むことによってその人間関係にどういう影響があるだろう。
それが本当に心配です。
それこそ人に余計な不安を与えているとしか思えません。
また、私が受講中に知り合ったランドマークのある男性社員の方は本当に親切な素晴らしい人でした。奥さんと二人の小さな子供がいたと思います。 彼の家族があれを見たらどう思うのだろう?余計なお世話ですが心配になります。
人のためだというのを楯に、自分の意見を公表するにしても、実際に見も知らぬ人たちの気持ちや思いを思慮深く考えることができないのであれば、それは良くないです。 それこそ言葉の暴力だと思います。
子供が周りのことを考えずに、ただ気に入らないと叫んでいるのと同じになってしまいます。
素性が見えない中で「被害」「洗脳」「勧誘」など、過激な言葉で装飾し批判するのは簡単ですが、批判だけしていたら決して知ることはできない、多くの人の真心や勇気、人の役に立ちたいという思いがそこには実際にあるのです。
年間2000人のあらゆる職業のあらゆる年齢の人が自分自身の人生のために参加し、知恵と勇気を振り絞ってつくった成果を否定することは誰にもできません。
またその人たちの人生に心から敬意をもって、その人生に貢献になればと思いコースにご招待した人の真心も誰にも否定されるものではありません。
もし、「無理やり勧誘された。」「私はやらされた!」と後で思うようなら最初からやってはいけません。 無理にでもコースをやらせるように。なんてランドマークエデュエケーションでは教えてはいません。
実際に参加をしてこの耳で聞きましたが、コースに誰かをご招待する時は、参加するかしないかはまったく自由であることを必ず伝えるようにと何度も言っていました。
ブレークスルーテクノロジーコースはあらゆる角度から物事を本当に吟味することができ、人生の様々のことに責任をもって扱うことができる成熟した大人のためのコースです。
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| 5人の良き仲間 |
5人の良き仲間。
先にお話したように私の周りには20人以上のランドマークエデュケーションに参加した友人がいます。内5人とは会えば飲み、語る、良き仲間です。時々ランドマークで得たもの、学んだことについて会話をします。 今では笑い話ですが、コースに参加するまでのいきさつもそれぞれにいろいろありました。
現在、私たちはランドマークのプログラムには参加していませんが多くの友人が周りで参加しているので、今現在も参加している友人やこれから参加する友人と会ったり話したりすることがあります。
そしてこれから参加する人がほぼ必ずと言っていいほどしてくる質問は「本当にコースは価値があるの?信頼できるものなの?」です。
と言う訳でそんな不安を持っている友人が少しでも安心して参加できるよう、私たちの意見や周りの友人の意見をここで発表しようと思いました。
なんと言っても私たちを紹介してくれた先輩と同じくらい『恐ろしいくらいすごいコース』には間違いないのです。
参加する人にはできれば安心して参加して欲しいものです。
このブログはしばらく更新していなかったのですが、こんな経緯で新たに息を吹き返した次第です。
著作権等によりコースの内容は書けませんが、いろいろな友人から意見をつのり可能な限り多方面からランドマークエデュエケーションのコースを伝えられるように努力したいと思います。
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| 広告代理店に勤めて早14年目の友人の場合 |
恐怖の上腕二頭筋の巻
私は一年半前に、面倒みのいい先輩からイブニングセッションとやらの招待で電話をもらったのがランドマークエデュケーションを知るきっかけでした。
最初の反応は『ランドマークエデュケーション?やばい勧誘だ・・先輩以前から豪快なところがあったから、とうとういくとこまでいってしまったか。』でした。
私はすかさず『先輩変なものにはまってるんじゃないですか♪』と敢えて明るく聞くと。 『はまってなんかいね〜〜よ〜』といつもの豪快さがないので疑惑は確信へと変わりました。
その先輩は早くに起業し現在も会社は順調に成長しています。はっきり言って豊かな経済状況です。私もいろいろとお世話になったことがありました。
けれどそれとこれとは話は別でどんなにお世話になっていようと宗教だけは勘弁という気持ちでした。私は一般的日本人でイエス様も仏様も神様もイベントで拝むことはするけれど、普段はまったく宗教というものに縁がないし、興味もないし今後もその予定はない。
『先輩それってあやしいものじゃないですよね?』 今考えると失礼な質問だがその時は切実だったので聞きました。
帰ってきた返事が『俺がそんな変なもの進めるはずがないだろう。』でした。 いや、残念ながら『進めそう』なのです。 尊敬はしているのですが、時々周囲がびっくりするくらい我が道を行くので。
私はなんとかこの場を切り抜けなければ、先輩の気持ちを害することなく事なきを得なければ・・徹底して事なかれ主義の私は『そうですね、すごくいいものだって言うことはよく判ったので明日はどうしてもはずせない用事で行けませんが、今度調節してまたこちらから連絡します。』
そつのない最高に礼儀正しく完璧な答えでした。
しかし、それで『分かった!』と引くくらいならあそこまで成功しないだろう先輩は、その上腕二頭筋と同じくらい太い声で『そうか、調節するのか・・・では今から一緒に調節しよう。』 というわけで私は素晴らしい先輩と共にイブニングセッションに行くことになったのです。
イブニングセッションと呼ばれる説明会は批判サイトに書いてあるようなところではありません。 見ようと思えばそう見ることができるのかもしれませんが、それは無理があります。 何でも、あやしい!と見れば、すべてがあやしく見えるものです。
部屋に入るだけで、閉じ込められたと感じたり、ただ人が話しかけてくるだけでも無理やり勧誘されそうだと感じたり、プレッシャーに感じたりするなら行かないほうがいいです。
そうでもない限り、プレッシャーなどまったくないです。 実際に強制されるようなことは一つもなかったですし、帰ろうと思えばいつでも帰れます。 途中退室まったく自由です。
やるかやらないかはまったく自分次第で自由なんだということが明確であれば、誰が何を言ってこようとプレッシャーなど感じないものです。 それが大人として生きる道ー♪と考えてます。
話したくなければ「もう結構です。」と言えばいいのです。
話してくれる人に多少はよるのかもしれませんが、私はランドマークエデュケーションの人との話は楽しく、聞いているだけでも「なるほどナー」とためになる要素がありました。
しかし・・私にとっての大きな砦はランドマークエデュケーションでも、そこにいた人でもなく、もちろん先輩だったのです。
ドラマ調に次回へ続く・・・・・
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| 私がブレークスルーテクノロジーコースに参加を決めた理由。 |
恐怖の上腕二頭筋の巻 続き
私がランドマークエデュケーションのブレークスルーテクノロジーコースの参加を決めた理由。
ひととおり説明を聞いて確かによさそうだし、自分の為にもなりそうなのである。 特に自分のやり方を信じ、それが一番いいと思っている私には、自分で見えていない枠がありそうだ。 もっと視野が広がれば仕事にも役立つだろう。
確かに判るのだが、しかし、まだ強く心動かされない。まだ、ピンと来ない。 私にとっては、このピンとくる。が大事なのである。 それで随分いい仕事をしてきた。
『うむむーー。』とうなっている私に先輩がその上腕二頭筋以上に太い首を私に向けて聞いた。 『迷ってるか?』 そう、だからうなっているのだ・・
『俺の気持ちを言うと、お前にコースをやって欲しい、なぜなら、お前にはもっともっと可能性があるからだ。』 真剣だ。
『知ってるか太陽の光で見えないけれど昼間でも無数の星は空いっぱいに輝いているんだ。それと同じように今は見えていない可能性がお前にもたーーーくさんあるんだ。』 太い腕がひろがった。
『たった一度の人生、その可能性をお前に見て欲しい、あるのに見えないってのはつまらん。』
自分で感動している。 しかも完璧にくさすぎる。
しかしその時『ピン』と来た、この顔でこんなくさいセリフを真顔で言うその心意気にグッときた。
純粋に感動できる男は大きな男である。 すくなくとも人を騙すためにうそはつきまい。
かくして私はブレークスルーテクノロジーコースに参加することになったのである。
またまた続く・・・・・。
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| ランドマークエデュケーション コースの成果 |
涙の上腕二頭筋の巻
ブレークスルーテクノロジーコースに参加をした。 どちらかというと私はクールな方である、と思う。
しかし先輩があのくさいセリフを真顔で言ってくれていなかったら、今手にしている可能性と出会っていなかったと思うとジーンと来た。
先輩のくさい言葉を引用すると。 私がコースから得たものは、まさに太陽の光に隠されていた、無数の可能性だった。
コースからの成果は数えきれないほどある。 今は一つだけ書きます。
親父について。
私の親父はとんでもない親父であった。 東京下町生まれの下町育ち。 不動産会社を経営していた。
酒、たばこ、女性関係、博打、全てにおいて抜きん出ていた。 しかも、かなりの男前でもあった。 若い頃の写真を見ても映画俳優のようである。実際にそういう話もあったらしい。(後の母談)
そして、家にはいつも嵐が吹き荒れていた。 母はよく家出をした。 父はあまり家にいなかった。
でも良くありがちな悲壮感や暗さは家にはなった、母がえらかったのだと思う。
父と共に遊んだ記憶はわずかである。
千葉の海沿いの川に、はぜ釣りに行ったこと。 近くの店で天ぷらにして食べたら、とてつもなく美味かった。
家族で行った、やはり千葉の行川アイランド。 観客が参加できる機会があり、当然酔った父は舞台にあがりハワイアンの女性にキスされていた。 子供ながらに恥ずかしかった。
鉄火場(博打の場) 母の目をごまかすために私と散歩にみせかけたのだろうと今は分かる。 恐ろしい顔をしたその筋の人が白い布を取り囲む中、父の横にちんまりと座り、花札のピッシッという音、チンチロリンと転がるどんぶりの中のサイコロ、行き交う一万円札をじっと眺めていた。
私の仕事は、熱くなった父の元から消えていく一万円札を減らすために、隙をみては父のお札を座布団の下に隠すことだった。
帰り道、それをまとめて父に渡した。 父は無言で受け取っていた。
小学校の5年生の頃また喧嘩をして父が母を追い出した。 クリスマスの翌日の夜だった。 次の日、学校からもどった私は母が帰っていたらいいなと思い、庭にまわり窓から家の中を覗いた。 窓辺にはもらったクリスマスのプレゼントが置いてあり、その向こうに怖い顔をした父が座っていた。
母は数日後に帰ってきた。
中学生になった頃から父は家にいる日が更に少なくなり、会っても近寄るのが難しい雰囲気が常に漂っていた。
高校3年の5月に父は突然に他界した。 肝臓が根を上げた、父の破天荒ぶりにはついていけなかったようである。
それから18年の月日が経った。
コースに参加している最中にふと「俺は親父に触れた記憶がない。」と気づいた。 びっくりした。 僅かに一緒にいた時間も、手を握った記憶もないし、顔にも髪にも体のどこにも俺は親父に触れた記憶がいっさいない。
そして親父とのその関係が他の全ての人間関係に影響していると分かった。 私は人に頼ることをしない。 滅多やたらに人と深くかかわらない。 必要以上なことは決して言わない。
それはコースの中での小さな気づきだった。
コースが終わってすぐに、田舎に帰る機会があった。 コースで得た沢山の成果を母と話した。そしてこんなに母と会話したことがないというくらいに、昔のことについて、母について沢山会話した。
ふと思い立ち2階にあがり、アルバムにせず箱の中で乱雑に収まったままの我が家の古い写真を整理しようと思った。
写真の束を持ち上げ机に出し、またすくおうと思った時、目に映った写真を見て息を呑んだ。
束の一番上に親父の肩に乗り、親父の頭にしがみつき、赤みを帯びたほほをしている4歳の頃の私がそこにいた。 安心しきって力いっぱい親父の頭にしがみついている。
親父の顔はどうみてもやさしそうだ。
親父を決め付け距離をおいていたのは自分だった。
一瞬の出来事だった。 けれどそれは初めて親父を親父のまま受け入れられた瞬間だった。
それから私の人生は同じではない。 以前よりもっと人を身近に感じ、会話できる深さが増した。
仕事の成果は目に見える程に上がり、格闘がない。 何が違うかわからないが全く違うのである。
私はもちろん先輩に敬意を込めてこの成果を話した。 電話の向こうで「良かったナー」という太い声は泣いているようだった。
コースの成果は数え切れないほどあるが、私にとってこれは大事な成果です。
読んでくださってありがとうございました。
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